月夜見 “僕らの季節”

         〜大川の向こう より

 
まだ六月って頃から猛暑日が続いただの、
水辺は蚊が多くて鬱陶しいだのと、
大人たちがこぞってうんざりしているほどに、
今年もなかなかの暴れん坊になりそうな夏が来て。
青い青い空が色合いの深さを増すのにつれて、
馴染みのはずな水の香が、
尚のこと濃さを増して来たように感じられるのも、
この時期の到来を告げる前触れのようなものであり。
川のせせらぎに、
芦や茅の茎が風にあおられ鳴る音も混ざっての、
なかなかに賑やかさを増す、そんな季節。

 「そんでも、蝉が鳴き出すのは遅かったよな。」
 「そーそー。」

ランニングに短パンという、
ここいらの子供らの定番の恰好になって。
里の子供らが、始まったばかりの夏休み、
どうして遊び倒してやろうかとの算段をするべくの、
ひとまずはいつもの広場に顔を揃えていたところ。

 「知ってっか? 角の店にいよいよ“○○”アイスが入ったってよ。」
 「えー、もう食うたんか?」
 「おうよ。父ちゃんが昨夜 土産にって買って来たんだ♪」
 「いーなー。」
 「今日はそれ買いに行こうぜ。」
 「おおっ!」
 「さんせー!」
 「けどよ。
  大町じゃあ、アイスどころかアイスクリームも、
  年がら年中置いてんだとな。」
 「?? なんでだ?」
 「冬でも食う奴がいんのか?」
 「都会もんの中には、そういう物好きも いんじゃね?」

怠け者の節句ばたらきと言われがちな、
現金さが皆して出たワケじゃあないけれど。
不思議なもんで、日頃は母上をさんざん手古摺らせている寝ぼすけも、
夏休みに入った途端、
早い陽の出と競争するかのように、早くから起き出してごそごそしだすもの。
旦那だけ送り出しゃゆっくり出来ると構えてたお母さんたちに
何であんたはもうと怒られつつ、飛び出して来たところもお揃いならば、
頭もともすりゃ、暑い時期はお揃い同然の坊主刈りが目立つ中、

 「あ、ルフィだ。」
 「おーい、ルフィ。」

そんなおチビさんたちが揃って手を振って見せたのが、
広場の傍の坂道を、小刻みな駆けようで てってと降りて来た小さな坊や。
寸の足りない手足を とたぱた振りつつ、
まとまりの悪い髪をふわんふわんと躍らせて。
特撮ヒーローがプリントされた、透明なビニールバッグを手に、
繭玉のおもちゃが転がり降りて来たような勢いで、
自分の陰が短く落ちてる道、
とこてこ駆けて来たのが、何とも愛らしい様子だったが、
これでも実は、腕白で鳴らしておいでのガキ大将でもあり。

 『芦の原っぱで山かがしが出たの、一人で追っ払ったんだって。』
 『凄げぇよな。』
 『咬まれたら痛てぇし腫れんのにな。』
 『ゴキブリなんか、ちっとも怖くねって。』
 『ゴキブリは、俺もへーきだぞ?』
 『けどよ、蠅たたき持って追い回すんだぜ?』
 『う〜ん、それはしねぇな。』
 『母ちゃん呼ぶだろ ふつー。』
 『あと、これはゾロ兄が怒ってたのを聞いたんだけどよ。』
 『何が。』
 『ムカデが出たの、手でさわろうとしたって。』
 『うひゃ〜、おっかね〜っ。』
 『刺されたら怪我どころじゃ済まねぇんだぞって、
  凄っげぇ怒られてて、あれはさすがに泣きそうになってたな。』
 『そりゃお前、ゾロ兄本気させたら、
  大町の道場の中学生だって叩き伏せっちまうんだぜ?』
 『おっかねぇ〜〜。』

なんて格好で恐れられている剣道小僧で…
あれ? 誰の話をしてたんだったっけ?
(おいおい)

 「どしたよ。プールか?」
 「おお。」

何とか立ち止まると、麦ワラ帽子のひさしの下、
幼いお顔を目いっぱい自慢げにほころばせて にっかと笑いつつ、
小さな胸と ついでにお腹もむんと張り、

 「今年こそ、やぼー たっせいだからなっ。」

それは凛々しく宣言するおチビさんだが、
それへと周囲のおチビさんたちも
“おおーっ”と声を合わせるところが可愛らしい。

 「そか、とうとう プール25mにちょーせんか。」
 「つか、何でお前、
  それだけ出来ねぇかなって、皆でゆってたんだぞ?」
 「てっきり よちえんの内に泳げてたと思った。」
 「大川カッパに ヤキモチ焼かれてんじゃねぇかとか、
  ウチの母ちゃん言ってたぞ?」

小学校低学年の内までは、中州の小さな小学校に通う子供らは、
それと同時にとある言い付けをも守らにゃならぬ。
周囲が大川の流れに囲まれているにもかかわらず、
そこで泳ぐことはまかりならぬとされており。

 『そうさな、ずんと昔は当たり前に泳いてたもんだが。』

それこそ、そこでシーラカンスが泳いでたかもしれない大昔だったなら、
プールなんてハイカラなものがなかったせいもあり、
魚が山ほど漁れた清流で、
当たり前のこととして、皆 大川で泳いでいたらしかったが。

 『今じゃあ、遊泳禁止区になってるしなぁ。』

辺りが整備され、セメントの護岸が増えたことで流れが早くなったとか、
流域のあちこちに町が開けたせいで、水質が悪くなったとか言われてのこと、
公けにも泳いでいい流域じゃあないとされて久しく。
それでもこっそり泳ごうとする子らが事故に遭わぬよう、
はたまた汚れた水のせいで腹を壊さぬよう、
大人たちが“こっちで泳ぎな”と 小学校へプールを贈呈したのだが。
それとほぼ同時に広まったのが、

  大川ガッパの伝説、とやら

それは泳ぎの達者なカッパたちの惣領の、
大川ガッパというのがこの川には住んでいて、
どんなに元気ないい子でも、
ヤキモチを焼かれる呪いにかかると“金づち”になってしまう。
そこで、ガッコのプールで練習し、
25m、一度も足がつかないで泳ぎ切れたら、
その呪いも解けるのだとか。

 「呪いが解けねと、海へも行けんもんな。」
 「おーよ。
  せっかくエースが白ひげのおっちゃんトコで待ってんのに、
  海行っても泳げねぇんじゃな。」

やれやれだぜなんて、一丁前に肩をすくめの、
その小さな肩が泳ぐ、ちょこっと大きめのTシャツの上、
首を振ってまでして見せのする様子をたまたま見かけ、

 『もうもう、可愛いったらなかったわvv』

シャクヤクという華麗な花の名そのままに、
どこか婀娜な色香を持ちつつ、
なのに、どこかいなせな男衆にも通じるような、
すっぱり凛とした雰囲気も持ち合わせるお姐様。
そりゃあ可笑しかったんだからと御主へ話して伝えた逸話の大元、
カッパの話を思いついたのこそ。実は、

 『そうか、今年こそ金づち卒業か。』

涼しげな甚兵衛姿で濡れ縁に腰掛け、
団扇を片手にくつくつと、味のあるお声で楽しげに微笑った、
名のある指し物師としてこの里に長くお住まいのご隠居、
レイリー老の仕業かも知れなかったらしいのは、
また別のお話になるとして。

 「今年はついに、カッパより早く泳げるようになっちゃるっ!」
 「……おいおい、そんな話は聞いてねぇぞ。」

もう一つの不文律。
年少組の子供たちだけでプールに行ってはいけません、を守るべく。
そちらさんも夏休み突入中、
九月までは、登校日を除いて、この里がメイングラウンドとなる身の、
ロロノアさんチの長男坊。
怒らせるとおっかないとの評判も著しかった、剣豪のお兄さんであり。

 「おお、ゾロvv」

わぁいと飛びつく小さな王様、がっしと頼もしく受け止めると、

 「とりあえず、浮輪卒業して ビート板使いこなすのが目標な?」
 「ぶ〜〜〜〜〜〜。」

 やぼーは 大きいほうがいーんだぞ?
 そうは言っても限度があろうが。
 浮輪わ、あとちょっとで卒業出来んだぞ?
 ほほぉ、だったら盆までに間に合わせな。

恐持てだと噂の剣道少年を相手に、
なかなかに堂々としたやり取りを交わしつつ。
そのお兄ちゃんの背中におんぶされての退場となった坊やを見送り、

 「………いーなぁ、ルフィ。」

ぽつりと呟いたのがだれだったかは判らずじまいだったけれど。

 「よっし、俺らもプールだ。ガッコ行こうっ!」
 「おおっ!」

まずはの遊びが決まり、各自で水着を取りにと散った腕白たちを、
頑張れよと応援しているものか。
じじい・じじじ、みぃんみぃんと、
どこぞかのお家の庭先、木蓮の気に留まってた蝉たちが見送った、
七月終わりのとあるお昼前でした。





  〜Fine〜  11.07.27.


  *カウンター 385、000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『大川〜の設定で夏休みのお話を』


  *まだ七月なんですよね。
   何かもう、暑いのはご勘弁をという心境なのですが。
   でもって、小さいお子様がたは元気ですよねぇ。
   あまりに小さい子は自分で調整も侭なりませんから、
   気をつけてあげないといけませんが。
   そこいら駆け回ってる世代のお子さんは、
   何でそんなに元気なんだあんたと呆れるほど、
   じっとしてたら天罰でも降ってくるかというノリで、
   そりゃあ活発に遊んでおいでですものね。
   見てなきゃならない大人も、
   スタミナないと置いてかれる勢いです、ホンマに。


めるふぉvv
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